彼が大切にしていること・・

『ミステリーの書き方』という本があって、今週は早めの夏休みを頂いているので読んでます。

43人ものミステリー作家に、各自のミステリーの書き方を取材したもので、有名作家たちがおおまじめに回答してる。

プロットの作り方とか、キャラクターの魅せ方とか、トリックの作り方とか、いろんなテーマについて書かれています。

が、みんな、先ずはこんなことを言います。

「作家では食べられない。なるべく兼業にしたほうがいい」とか、

「悪いことは言わないから、人生をもっと大切にしなさい」とか。

「作家なんてなるものじゃありません。もっとまともな人生を求めなさい」とかとか、みんな、ひどい。w

労多くして収入少ないのですね。しかも、不安定。

だから、どうしてもどうしてもじぶんを表現したいっていう強力な動機が無いとやってられない職業なんでしょう。

ええ、かれらは趣味のブロガーとはやっぱりどこかが違う?

東野圭吾さんも、「(作家になるのは)やめたほうがいい」と前置きしてから、こう言ってました。

『僕は本からも映画からもテレビからも「これは意外だ」という発見をすることがありますが、

意外に思った体験をそのままにしておくのではなく、

なぜ意外に思ったのか、そのときの自分の気持ちを重視します。

そこを突き詰めていくと、小説のアイデアに突き当たる。』

どういうことかというと、

『僕は好きな映画は何度でも観るんです。

ただ、「良かったな」じゃなくて、今観ているシーンに対して自分がどう思っているかを大切にする。

観察していると、その中にヒントがある。

小さな意外性や驚きがたくさんあるんですよ。

僕は気に入った映画はほとんど記憶するくらい、もう何度も何度も観るんです。

なぜ自分がその時にそう思ったのかを突き詰められるからです。

その突き詰める作業の中から、自分が意外感や違和感を抱いた理由がはっきりしてくる。そこからアイデアが出てくる。

それが実際に使えるかどうかはともかく、膨大な数のアイデアを拾えるわけです。』

で、さらに、続けてます。

『本もそうです。僕は決してたくさんの本は読んでいない。

ただ読んだ本は、何度も何度も読み返すようにしているんです。

たとえ1回しか読まない本にしても、それこそ1日1ページとか、時間をかけて読む。

ストーリーだけではなくて、読みながら自分が何を思ったかを大切にしているわけです。』

ああ、、、わたしと共通するものがある。わたし、すごく嬉しかった。

そうなのかあぁ・・・、やっぱりそうなんだよなぁ・・・って。

いいネタは無いかって、職場の出来事や家族の話、テレビや本にわたしも接するんです。

世界とそんなふうに接し、そして、おやっという経験をする。

それから、じぶんのこころにひっかかったそのことをずーっと考えてる。

へなちょこブロガーのわたしでさえ、ずーっと考えます。

「自分がどう思っているかを大切にする」し、「なぜ自分がその時にそう思ったのかを突き詰め」ないと気が済まない。。

『以前は本も1回も読んだらおしまいだったんですが、何がそういう読み方をするきっかけになったかというと、作家になったこととしか言いようがないんです。』

ですよねぇ。

わたしも、ブログを書き始める以前は、日々の出来事、読む本、ひとの話はすーっとわたしの前をただ通り過ぎてた。

でも、ブログを書くとなったら、わざわざ他者に読んでもらうのだから、他人事ではだめなんですね。

”わたし事”でなければならない。

だから、とにかくじぶんのこころ振るえるものしかネタにできないから、

何か無いかって始終目が探すようになり、

結果、本もしつこく読むし、人の話もよく聞き、じぶんの声にも耳を澄ます。

『もとになるアイデアは自分の中にたくさん持っていないといけない。

トリックにしてもそうで、日常生活の中で意外に感じたりしたことを全部ストックしておくしかないわけです。

そして、なぜ自分が意外に思ったのかを掘り下げていく。』

彼が面白い作品を量産できるのって、そういう意識の持ち方の結果だったんだなと納得しました。

ぷるんって、わたしのこころが先ず振るえ、そして、おやっと思う。

なぜ気になるんだろうって、なにがいいのかなって、なにが嬉しいのって自問自答するようになって、

そうすると、もう簡単には目の前を過ぎ去らせることが出来なくなってた。

彼が大切にしていることは、わたしも大切にしていることで、それは大切にせざるを得ないことだったのです。

ああ、そうだ、そうだってわたしは納得した。

その彼の大切さにする様が理解できた。

そこがもっとも大切な、すごくすごく輝く根っこなんだと共感した。

これでいいんだと、安心した。

で、日々、じぶんと対話しているかのじょにこの話をしてみました。

かのじょはふと感じたじぶんの違和感をずーっと考察するひと。

すると、「あらぁ、あなたは最近だったのね」、とまじめに驚かれた。

ありゃりゃりゃりゃ。。

はい、新参者です。

P.S.

この本の中で、北村薫さんは表現についてこう言ってました。

『表現する者の目になってみると、いろんな細かいものが自然に見えてくるはずなんです。

そういう目を持った人が、表現者なんです。

<書く>ということが表現ではなく、<見る>ということが表現なんです。』

おお、、わたしには深すぎる言葉。。

で、宮部みゆきさんは、こんなでした。

『ミステリーを書くときに一番気をつけているのは、謎解きに関わる人間の動機なんです。

犯人の動機よりも、むしろそっちのほうが大事です。

好奇心にかられてとか、放っておけないからとか、そういうものとは違う、もっと切実な、しかも日常に近いところにある動機。

それがないと、そんなの警察に任せればいいじゃないかって話になりますから。』

宮部みゆきの小説に虚構の中でのリアリティがあるのってそういう理由だったのですね。。。

伊坂幸太郎さんは、こうでした。

『僕は、最初にあまり綿密なプロットは立てられないんです。

書きたい場面や書きたいモノがあるだけで、映画でいえば、予告編のようなイメージしか持っていません。

書きたい場面や「絵」があって、それらをつないでいくパターンが多いですね。』

「絵」?ないなぁ。。

それぞれに、みんな育成史や性格も興味も技能も異なるんだけれども、

おどろくほどに共通していたは、じぶんを深く見つめて行くという作業をしていたことでした。

書くのは”わたし”であって、”わたし”の中からしか紡げない。

だから、どうしてもじぶんの中を掘って理解してあげる必要がある。

世に万能の「書き方」なんてないんですね。

どうすれば世に受け容れられたり、売れるかなんていうセオリーもない。

でも、じぶんを大切にし、じぶんを受け容れるということを作家たちもしていた。

それをしないことには単なる発信に留まってしまい、他者と繋がることは出来ないということです。

作家だけじゃないんです。

じぶんを大切にしないと、他者とは繋がれなくて、繋がるにはじぶんを知る以外に道はない。

でも、このじぶんを大切にするということを具体的に実行できるひとって、たぶん少ないです。

おじさんになって、ようやくその意味を実感できたわたしは遅まきながら、書いて置きたいのです。はい。。