『孟子』巻第六藤文公章句下 六十一節

                           六十一節

齊の人、匡章が言った。

「我が国の陳仲子は誠に清廉潔白な人物ではありませんか。名家に生まれながら兄の世話になることを快しとせず、家を出て於陵に住んでいましたが、三日間も食糧が無く、衰弱して耳が聞こえず、目も見えないという状態になったことがありました。その時、井戸の側に半分以上きくいむしに食われた桃が落ちているのを見つけ、這って行ってそれを取り、三口ほど飲み込んで、やっと耳が聞こえ、目が見えるようになったということです。」

孟子は言った。

「齊の国の中での立派な人物と言えば、私もその筆頭に仲子を挙げるだろう。しかしそうだとしても仲子が清廉潔白な人物だとどうして言えるだろうか。仲子のような節操を完全に実行しようとするなら、ミミズのように生きてはじめて可能であろう。ミミズは乾いた土を食べ、濁った水を飲んでいればよいのだから。そもそも仲子の住んでいる家は清廉潔白の士として知られる伯夷が築いたものか、それとも大泥棒の盜跖が築いたものか、又仲子の食べている穀物も伯夷が植えたものか、盜跖が植えたものか、そういうことはまったくわからないではないか。」

「そのようなことは何の差支えも無いのではありませんか。彼自身は稾を編んで靴を作り、妻は麻を紡いで、それを必需品と交換して暮らしているのです。」

「仲子は代々齊に仕えた譜代の家柄だ。兄の戴は領地の蓋から一万鍾もの禄を得ている。ところが兄の禄を不義の禄だとして食わず、兄の家は不義の家だとして住まず、兄を避け母から離れて於陵に住んでいる。ある日兄の家に戻った時、兄に生きた鵝鳥を贈り届けてきた者がいたが、仲子だけは眉をしかめて、『こんなガアガア鳴くものを、どうしようというのか。』と言った。後日、母親がその鵝鳥を料理して仲子に食べさせた。そこへ兄が外出より戻ってきて、『それはガアガア鳴くものの肉だぞ。』と言ったので、彼は外に出て吐き出した。母の料理したものだと、その材料を詮索して食べず、妻の料理だと詮索せずに食べる。兄の家は不義の家だとして住まず、於陵なら誰が作った家かも詮索せずに住んでいる。こんなことで己の主義を貫いていると言えるだろうか。仲子のような考えは、ミミズにでもならなければ、その節操を守り抜くことはできないのだ。」

匡章曰、陳仲子豈不誠廉士哉。居於陵、三日不食、耳無聞、目無見也。井上有李、食實者過半矣。匍匐往將食之。三咽、然後耳有聞、目有見。孟子曰、於齊國之士、吾必以仲子為巨擘焉。雖然、仲子惡能廉。充仲子之操、則蚓而後可者也。夫蚓、上食槁壤、下飲泉。仲子所居之室、伯夷之所築與、抑亦盜跖之所築與。所食之粟、伯夷之所樹與、抑亦盜跖之所樹與。是未可知也。曰、是何傷哉。彼身織、妻辟、以易之也。曰、仲子、齊之世家也。兄戴蓋祿萬鍾。以兄之祿為不義之祿而不食也。以兄之室為不義之室而不居也。辟兄離母、處於於陵。他日歸、則有饋其兄生鵝者。己頻曰、惡用是者為哉。他日、其母殺是鵝也、與之食之。其兄自外至曰、是之肉也。出而哇之。以母則不食、以妻則食之。以兄之室則弗居、以於陵則居之。是尚為能充其類也乎。若仲子者、蚓而後充其操者也。

匡章曰く、「陳仲子は、豈に誠の廉士ならずや。於陵に居り、三日食わず、耳は聞ゆる無く、目は見ゆる無きなり。井上に李有り。(ソウ)、實を食らう者半ばに過ぎたり。匍匐して往き、將(とる)りて之を食う。三咽して、然る後に耳聞ゆる有り、目見ゆる有り。」孟子曰く、「齊國の士に於いて、吾必ず仲子を以て巨擘(ハク)と為さん。然りと雖も、仲子惡くんぞ能く廉ならん。仲子の操を充てば、則ち蚓にして而る後可なる者なり。夫れ蚓は、上、槁壤を食い、下、黄泉を飲む。仲子居る所の室は、伯夷の築ける所か、抑々亦た盜跖の築ける所か。食う所の粟は、伯夷の樹えし所か、抑々亦た盜跖の樹えし所か。是れ未だ知る可からざるなり。」曰く、「是れ何ぞ傷まん。彼は身、を織り、妻は辟して、以て之に易うるなり。」曰く、「仲子は、齊の世家なり。兄の戴が蓋の祿萬鍾あり。兄の祿を以て不義の祿と為して食らわざるなり。兄の室を以て不義の室と為して居らざるなり。兄を辟け母を離れて、於陵に處る。他日歸れば、則ち其の兄に生鵝を饋る者有り。己頻(ヒン・シュク)して曰く、『惡ぞ是のの者を用て為さんや。』他日、其の母、是の鵝を殺すや、之に與えて之に食らわしむ\xA1

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<語釈>

○「匡章曰・陳仲子」、趙注:匡章は、齊の人、仲子は齊の一介の士なり。○「」、音はソウ、きくいむし。○「巨擘」、服部宇之吉氏云う、巨擘は親指なり。衆中の優者の義に用う。○「充仲子之操」、「操」は節操、「充」は完全に実行する意、○「槁壤」、朱注:槁壤は乾いた土。○「泉」、泉は濁った水。○「頻」、眉をしかめる。○「充其類」、服部宇之吉氏云う、「充其類」は、一の事理を之と同じ場合に応用する子となれば、ここにては、其の主義を何処までも貫くと解すべし。

<解説>

この節も孟子の教条的な一面がよく表れている節である。ただ孟子の言い分としては、范氏が述べている、「天の生ずる所、地の養う所は、惟だ人を大と為す。人の大なる所以の者は、其れ人倫に有るなり。仲子、兄を避け、母を離るるは、親戚・君臣・上下無し。是れ人倫無きなり。豈に人倫無くして、以て廉を為す可けんや。」と言う所にあるのだろう。